←「白い月」表紙。
SW本3冊目、出来ました。
というわけでこんな感じに。以下詳しい情報です。
◆「白い月」⇒P52 A5 90g ¥500 です。
カズケン本で初の小説本。
池沢さん高校1年、季節は秋から冬のお話。
やってしまった…佳主馬の記憶喪失ネタです…。
そしてお互いがそれぞれで悩みに悩みます。
すれ違い、思い込み、勘違い、そんな紆余曲折しながらも育む想い。
基本は健二視点ですが前半は佳主馬視点有り。途中もたまに有り。
『月』をテーマにした、佳主馬の告白から全てが始まる、カズケンができるまでの1冊です。のつもりです。
ブログの方に載せた初カズケン小説、ムショウノアイも入ってます。
そんなSW本3冊目。
※自宅通販を行っております。
≪白い月≫
「好きなんだ、健二さんのことが」
月の光に照らされて、淡い光の輪郭をまとった青年が自分を見下ろす。穏やかな色を含ませたその表情には、夜の闇の中ですら鈍る事のない、強い眼差しがあった。
健二はこくりと息を呑み、囚われたようにその視線の先を見詰める。
「好きなんだ…」
背が伸び、声が変わり、体格が変わっても、その眼差しだけは、あの夏の少年のまま。
しかし、健二が何の反応も示さない事で青年の表情が微かに曇り、その眼差しも揺らぐ。
不意に、青年の後ろに視線が移る。
そこにある、白く美しい満月と組み合わされた青年はとても優美で、その哀愁の表情ですらまるで一枚の絵のようだった。
「佳主馬くん…」
青年の名を呼んでから、健二は再び視線を戻す。そして先程よりも大きく瞳が揺れた佳主馬を見詰め返す。
「僕も…好きだよ…?」
佳主馬の薄い唇が微かに動いたが、言葉を発する事はなかった。そして、ひどく苦しそうに微笑む。
その笑みはほんの一瞬で、健二が瞬きをした後にはもう消えていた。そのまま佳主馬の顔に影が落ち、俯く刹那に垣間見えた瞳。いつもその奥にあった強い光は、まるでこの闇に呑まれてしまったかのように、健二には見付ける事が出来なかった。
「…ごめん…」
そう微かに呟かれたと同時に、佳主馬は踵を返していた。まるで逃げるようにその場から駆け出した青年の後姿を、健二はただ見詰める。
夜の冷たい空気に一つ息を吐くと、掌に微かな痛みを感じた。その白く頼りない手を広げてみると、赤く、くっきりと爪の痕が付いている。
その手を緩く握り視線を上げ、そのまま空を仰ぐ。
闇の中で煌々と輝く満月を、健二はただぼんやりと眺めた。
カタカタカタと、キーボードを打ち込む音だけが部屋に響く中、健二はお決まりな定位置、ベッドに背を預けてその音を聞いていた。
黄色いクッションを抱き込むように体育座りをしている健二に、部屋の主はキーボードを打つ手を止め、わざとらしく長い息を吐いた。
「…お前さ、何なの」
キィ、と椅子を鳴らし、健二へと少し体を向けた彼は呆れたように言う。それでもだんまりを決め込む親友を眺めつつ、キーボードの側に置いてあったコーヒー牛乳のペットボトルを手に取り、喉に流し込んだ。
「久しぶりに来たと思ったら無視ですか、健二くんは」
青年は再度息を付くとキーボードの上から手を離し、腕を組む。
「俺の部屋で座敷童みたいなマネをするな」
「……………座敷童は幸福を招く妖怪です」
くぐもった声でやっと返って来たその言葉に、青年の顔が引きつる。叫びたくなる衝動を抑え、彼は冷静に口を開いた。
「…あぁ、そう。じゃあこれは知ってますか。座敷童がいなくなるとその家は衰えるんだって」
「……………」
「さすが妖怪。滞在中は福を招くけど出て行けば今度は不幸の訪れ。この場合プラマイゼロって感じがしますが、そこんトコどう思いますか、数学バカの小磯健二くん」
蹲る親友を見下ろし、青年はしたり顔でふふんと鼻を鳴らした。
「………佐久間のばか」
その言葉に、佐久間は先程呑み込んだ言葉を吐き出す。
「お前なっ!」
椅子から勢いよく立ち上がり、健二の前で仁王立ちになると、佐久間は顔を埋められている黄色いクッションをむんずと掴む。そしてこれまた勢いよく引っ張るが、それ以上の重さが引っ付いて来た。
佐久間が力を増すと同時に、更に強く顔を埋め、離すまいと両手まで強く掴まれるクッションは、両者から引っ張られ、憐れな姿になっている。健二の腰が浮いたところで、佐久間は己の私物を哀れんだのか、その手を離した。
高校からの付き合いである二人は、今でも互いを理解しあえる仲、気心が知れた友人関係である。もちろん互いの欠点も知った上でもあるが、それ以上に互いに尊敬している部分があり、それを共有できるこの関係は心地よいものだった。
学科は違うが、現在は大学も同じである。
両親の離婚、大学合格を機に一人暮らしを始めた健二。一方佐久間は実家暮らしではあるが、来年には引っ越す予定である。
高校の頃はお互いの家よりバイトも含めもっぱら部屋にいる時間が多かったが、大学ではそうはいかない。時間が合わないため、昼休みと周一で共通の講義がある以外、基本会うことはない。そのため、高校の頃とは比べ物にならないほど『友人の家』で過ごす事が多くなった。もちろん居心地のよい一人暮らしの健二の家である。そしてそこに便乗する人物がもう一人いた。
佐久間は半年振りに自室へ訪れた親友に呆れたように呟く。
「キングか…」
案の定、健二は敏感に反応した。そんな素直でわかりやすい親友に聞えないよう小さく息を付くと、佐久間は幾分やんわりと声を掛ける。この六日間、落ち込んでいた親友にずっと聴きたかった事を。
「…で?何があったんだ」
親友の心境に絶大な影響を及ぼす年下の青年を思い浮かべながら、佐久間はゆっくりと、とてもゆっくりと頭を持ち上げるその彼の動作を黙って待っていた。
自室のベッドの上で、佳主馬はぼんやりと見慣れた天井を眺めていた。
いつもなら、愛用のノートパソコンと向き合っているのだが、そのパソコンは電源が切られた状態でテーブルの上に置かれている。
布団の上に投げ出された褐色の手の中には彼が初めて自ら主張し、貯めていた小遣いで買った白い携帯電話が握られていた。三年以上も携帯しているその白い本体には、無数の傷や剥がれがあるものの、彼にとってはパソコンの次に大事にしている物であった。しかしそれでも寿命は来る。機能が鈍くなった携帯をのろのろと開き、何度も目にした短い文章を眺めた。
「…新しいの…一緒に選んでほしかったんだけどな…」
そして再びのろのろとその画面を閉じ、腕を投げ出す。
「佳主馬ー、ちょっといいー?」
心境とは裏腹なその声に、佳主馬は息を付くと目を閉じた。
「買い物と留守番、どっちがいいー?」
母親の声の向こうで妹の笑う声が聞える。
また一つ息を付いてから佳主馬はのそりと起き上がる。
携帯電話を握り締めたまま、無造作に椅子の上に掛けてあった薄いパーカーを掴むと、そのまま部屋を後にした。
頬に当たる風の冷たさに冬の訪れを感じながら、佳主馬は母親に頼まれた荷物を持ち直す。
ガサリと揺れた袋の中には、1リットルの醤油が二本と、牛乳が三本に自分がよく飲むスポーツ飲料水の2リットルのボトルが一本入っている。買い物を選択した時点で増やされる荷物はいつもの事なので何も言わない。
あの衝撃的な夏から自分の、陣内家の救世主でもある人物の身長に追い付きたいと飲み始めた牛乳も、とうに越してしまった今では必要ない。しかし毎日欠かさず飲んでいたその習慣は妹に移ったようで、気に入ったのか少ない量だが毎日美味しそうに飲んでいる。佳主馬自身牛乳は特別好きではなかったが、毎日の習慣が染み込んだせいか、今でも週に一本は空けていた。
不意に、歩道の反対側から笑い声が聞え、佳主馬は何気なく視線を止める。そこには三人組の男子が自転車の横で飲み物を片手に談笑していた。祝日だと言うのに制服を着ているのは部活か塾の帰りだろうか。その内の一人が自分のクラスメイトである事に気付いたが、相手が気付いた様子もないので特に挨拶を交わす必要もないと思い、視線を戻し通り過ぎた。
佳主馬はこの春、地元の高校に入った。
最後まで東京の高校へ行くか悩んだが、まだ小さい妹の存在が決定打となり、両親への負担を減らすため残ったのだった。池沢家の二人は反対などしなかったが、その事もまた彼を悩ませる要因の一つでもあった。
そんな佳主馬にとっての朗報は、合格祝いに母親から渡された一冊の通帳とカード。事業家として既に稼いで来た金銭は全て親が管理していたため、佳主馬は小遣いとして一般の男子中学生が貰う額しか手にしていなかった。しかしパソコン機器関係もゲームも衣服も靴も、基本身の回りの物は皆新作が出る度にスポンサー関係から贈られていたし、細々とした物や好きな雑誌くらいしか使う用途がない。そのため幾分貯まった小遣いが初めて使われた高額な買い物が、自身の携帯電話であった。そしてその後からその消費率が一般の男子中学生と変わらなくなっていった。
原因の一つは成長期であるが故の食欲で、買い食いのために使われたのと、東京へ行くための旅費。
その目的の人物である小磯健二はいつも佳主馬が小遣いで来る事に抵抗し恐縮していたが、代わりに宿泊を提供する事で何とか認めてもらっていた。もちろん想い人の傍に長くいられる彼にとっては願ってもない事である。
半年に二回、多くて三回は仕事の打ち合わせ等も含め、東京へと訪れていた。
そして高校入学を機に渡された通帳には、佳主馬が今まで稼いだ一部が入っていた。あくまでそれはほんの一部で、他にもこの数倍以上の額が入金されている通帳が数冊と、一般からは申し込みが出来ない最上位のクレジットカードがある事はわかっていたが、総額までは知る由もなかった。もちろん名古屋に住む一般家庭の人間がその黒いカードを持ち歩くわけも使うわけもなく、きっちりと仕舞われている。
この通帳も高校生となった自分のために作ったのだろうと推測し開いて見たその額に、佳主馬は目を見張る。七桁のその金額は、通常の小遣いを貰っていた者には想像を超える額。呆然と母親を見るも、
「お小遣いはもうなしね。あんたが稼いだお金だけど一応三年間分として渡しておくわ。仕事の方もそれで遣り繰りしてちょーだい。自由に使っていいけど、ちゃんと計画性はもってよ」
あっけらかんと言い放つ母親に陣内の血を感じつつ、佳主馬は頷く事しか出来なかった。もちろん自分を信頼してくれた事に感謝をしつつ。
「言っておくけど、あんた。健二くんが一人暮らしだからって毎週行くのはさすがにやめなさいよ、迷惑だから」
そう付け足した母親に思わず叫びそうになったが、そんな思考が一瞬過ったのも事実なので強くは言えず、わかってるよ、と不機嫌に答えた。とりあえず、次の両親の誕生日には奮発しようと心に決めて。
こうして自由になった大金で始まった高校生活。五月の連休を始めに月に一度、仕事での回数も含まれるが、週末を利用して東京へ行くのが佳主馬の唯一の楽しみとなった。健二の大学生活に負担を掛けないようにとも思ったが、当の本人が喜んで迎えてくれるので、今でも佳主馬もそれに甘えるようになっていった。
しかし―――。
「…しばらくは…ムリ、かな…」
ぽつりと呟いた声は、通り過ぎた車の音に掻き消される。
想い人の最後の言葉を思い出し、佳主馬は唇を噛み締めた。
健二の優しさに甘えてはいたが、調子に乗っていたわけではない。弁えていた。この想いの結末を。
決して報われたいとは思わない。確かにそれが理想ではあるけれど、傍にいられるだけでよかった。断られても、この気持ちを伝えたかった。知ってほしかった。好きだと、大切だと、掛け替えのない存在なのだと健二自身に気付かせたかった。これは諦める事も、消える事もない想いなのだと確信しているから。
恋だと理解した時から、この身長があの人を越えたらこの想いを告げようと決めていた。意気込んでいくのではなく、その場に任せて伝えたいと思っていた。
そしてそれが―――あの夜だった。
東京駅へと向かう帰り道。冷えるからよいと断った自分に、送りたいのだと笑顔を向ける健二に甘えた。互いの都合で毎回とはいえないが、こうやって送ってもらう事は度々あった。
夜道で危ないからと思いつつ、やはり少しでも一緒にいられる事は嬉しい。他愛ない話をして、また会えなくなる事に寂しさを感じて、隣を歩く健二に視線を向けた時、呼び止めていた。
月明かりに照らされたその穏やかな表情がとても綺麗で、それ以上に儚く感じられて、抱きしめたいと、そう思った。そして、自然に口から言葉が出ていた。
好きだと伝えた後に、自分を見詰める健二を見下ろし、あぁ抱きしめたいな、と改めて思い、目の前に佇むその人の反応を待った。
同意は、きっとない。
断りの言葉。自分を気遣う言葉。思案の言葉。今まで何度もイメージしていたはずなのに、いざとなると頭の中は真っ白で、とくんとくんと脈打つ自分の鼓動を感じながら、ほのかな緊張に身を委ねるだけだった。
パーカーのポケットの中にある携帯を弄りながら、佳主馬は足を止める。そこから抜き出した携帯電話を開き、今日何度目かの同じ画面を開く。
『わかった。佳主馬くんもおやすみ。』
いつもの返信。
いつもの決まり事。
あの人はこれをどんな気持ちで打ったのか。
健二の返事を聞いて、自分はあの場から逃げ出した。
いつもなら五分前にホームへ着いていたのに、その時だけは三十分も前からいつもの低位置に寄り掛かり、流れる人波を眺めていた。
何も考えられなかった。
思考を止めたまま新幹線に揺られ、それでも考えなくてはとどこかで思う。これからどうするべきかと。それでも何から考えていいのかすらもわからないまま、気付けばいつもの見慣れた駅に佇んでいた。そして思考が回復しないままゆるゆると指を動かし、いつもの決まった文章を打ち込んだ。
『名古屋に着いた。それじゃ、おやすみ』
送信画面をぼんやり眺め、いつもの日常の中にいるような錯覚のまま、ゆっくりとした足取りで帰路につく。明らかに変わってしまった自分がいるのに、日常は何も変わらない。ひとりだけ置き去りにされたような感覚。
いつもなら五分以内で返ってくる相手からの返事は、家の近くになってようやくその存在を告げた。ゆっくりとした動作でその画面を開き目にしたのは、いつもの全く変わらないお決まりな文章。
その瞬間、ぐらりと揺れる意識に立っていられず、崩れ落ちるようにその場にしゃがみこんだ。そして全てが何も変わらない日常の中で肩を震わせ、漏れる嗚咽を必死に噛み殺し、ひとり静かに泣き続けた。
「…………」
佳主馬はパタリと携帯を閉じ、再びポケットに戻した。
歩みを止めたまま、何気なく空を仰ぐ。
薄い水色のその空にはあの夜の満月からわずかに欠けた、透き通るような月が浮んでいた。
―――後悔はない。
告白をした事に悔いはない。遅かれ早かれ、それはいずれ伝える言葉だった。けれど応えを求めるべきではなかったと、今では思う。傍にいるだけでよいと願ったくせに、応えを求めてしまった。
欲が出た。友人以上の関係に。夢みた関係に。
自分は結局、浮かれていたのだ。
断りはしても、嫌われる事はないと。
そんな自惚れに返って来た返答は、困惑でも否定でもなく―――白紙。
恋愛感情として告げた想いは、友情の類として取られてしまった。そう、思った。一瞬。
―――気付いてるくせに。
そう、健二は気付いている。
だからこそ、自分は逃げ出したのだ。
誤魔化された事に、はぐらかされた事に、日常に戻そうとしたあの人に―――なかった事にされた告白に。
余りにも酷い気遣い。残酷な優しさ。
真正面から真剣に伝えた想いに、あの人は向き合う事すらしてくれなかった。
あれから三日、連絡はとっていない。それくらいの時間の空白なら今までにもあった。しかし未だに整理の出来ないこの現状に、どう切り出していいのかわからない今の自分には、こちらから連絡する勇気はない。
明日で四日目―――。
「…これが、健二さんの望んだ日常なの…?」
それでも想いは変わらない。
健二を愛しいと思う気持ちは揺らいではいない。
それが、佳主馬の中で一番確かなもの。
この沈んだ気持ちを回復するには、まだ時間が掛かりそうだがせめて健二から来る連絡にはいつも通りに対応出来るように心がけようと思う。
結局曖昧なまま友人関係へと納まった夏希と健二のように、自分もそうなるのだろう。まだ自信はないが健二が望むならそうしよう。消える事のない想いを、今度はしっかりと閉じ込めて。
「このまま何処か…遠くに行きたい…」
透けた月を眺めながら小さく弱音を吐く。
そしてゆっくりと視線を外し、今度は自分の手にしている物を見下ろす。
「…さすがにこのままじゃムリか」
袋の中身を思い浮かべ、内心で苦笑し笑おうとするが、その口元はただぎこちなく歪んだだけだった。
佳主馬は自分自身に一つ息をつき、再び帰路へと足を動かす。
空に浮ぶまるで孤高の存在でもあるその月を、一筋の雲がゆっくりとゆっくりと覆い隠した。
つづく
…長いし!
…健二視点なのに、ほぼ佳主馬、ってゆー。
しかし池沢さん視点はこれが全部であとは健二の思考のみです!(あ、いや、3Pくらいは池沢さんあるかな…)
しかも説明くさいですが…こんな感じでこの文の6倍くらい話が続いています…。
そしてこの後またごちゃごちゃとなる。
紆余曲折。すれ違い。思い込み。勘違い。そんなカズケン小説に。
そいから佐久間ーーー!!
初めて彼を出した。物理部はいいなぁ仲良しこよし。
二人のやりとりは楽しいなぁ。