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満月。
淡い月の光に背を向け、青年は一人、山の中を歩いている。
しかしその姿は到底旅人と呼べるものではない。何しろ彼は荷物など何も持ち合わせていない。食料も水すらもなく、ましてや銀貨などの金目のものなど以ての外である。
足取りはおぼつかず、度々よろけては辺りの木に手をつき、自分の身体を支えながら進んでゆく。
着ている着物は既に道中で草臥れてしまい、所々土で汚れてしまっていた。履いている草履もまたしかりである。
以前は美しかったであろう、群青色の髪の毛も無造作に顔に掛かっているにも拘らず、青年は整えることもなく気にもすら留めていなかった。そしてその垂れている髪から覗く右目は何故か左目とは色が違い、よく見ると「六」の文字が眼球に刻まれている。
青年の息は既にあがっていた。
近くの木に寄り掛かり、ひとつ大きく息を吸うと、それすらも儘ならないのか、酷く咳き込み、苦しそうにその場に膝をついた。
「もう…限界ですかね…」
出した声はかすれていて、青年自身の耳にやっと届くような小さな声だった。
こんな森の中では栄養もろくに取れない。夏間近であってもまだ夜は寒いこの季節、黒い着物一枚で八日も山の中を歩いている。追剥ぎなどの山賊の類に会わなかったことだけは幸運と言えるのか、それとも、何も持ちあわせない野犬の群れに何度か襲われた事の方が不運と言うのか、本人にしてみれば比較することさえ無意味なことだろう。
「うっ…」
青年は力なく、うつ伏せに草の上に倒れる。
熱に侵された身体は、この道中で既に限界に達していた。
夜の闇にまみれ、梟の鳴き声が聞えてくる。
青年は荒い息をしながら、その鳴き声に耳を傾けた。
―――この身体はもう、今夜すら越えられない。
死の瞬間は近い。
「何度目」であろうこの瞬間に、彼は今、自分がこうしている経緯をぼんやりと思い出す。
しかしその思考はすぐに途切れた。青年にとってそれは意味のない記憶の断片にすぎない。
返り血を浴びる自分。
転がっている物体。
それが人間なのか動物なのかすら、彼にとっては大差なかった。
―――何故自分はここにいるのか。
そんな今更なことを、熱に浮かされた脳で考える。
ナゼ。
ナゼ―――。
目的など何もなかった。
ただこの数日宛もなく歩き、今ここで、この「生」を終えようとしている。
何て無意味で滑稽なのだろうと、その自分の行動に笑いが込み上がるが、ただ荒い息が出ただけであった。
続く…